分散型SNS「Mastodon」のユーザーによるイベント、「マストドン文化祭」が2018/05/05に催されました。開催概要はこちら です。僕はステージ演者としてこのイベントの開催に関わりました。かなり色々ありましたが、結果から言えば大成功に終わったと思います。

第2回、第3回と続いて行くために、運営を頑張りすぎずに続けて行くために、思い当たったことを書いていきます。

TL;DR

僕が一番言いたかったことについてはこのトゥートにまとまっています。500字でまとめきれなかった部分についてこの記事でフォローしていきます。

ちなみに各演者のレビューなどは僕はステージ登壇者なのでできません。だれかやれ。

なんで文化祭実行委員にプライベートで出さないでブログに書くの

本来であれば現在開かれている実行委員運営のDiscordチャンネル(しかも しっかりと「ご意見反省点」というチャンネルが開設されている )に書くのが筋というものですが、不穏が拡散され、mstdn.jp上に実行委員が声明を出さざるを得なくなるまで悪化しました。詳細は後程記しますが、ここまで不穏が拡散してしまった以上はカウンターとして思いっきり表に書いて荒療治にかかるべきだと思った次第であります。個人名出してバッサリ斬ったりもしますが取り下げる気は毛頭ないのでよろしくお願いいたします。 ご意見は受け付けますが反映するかはご意見次第です。

大成功と言えるのはなぜか

1回目かつ、SNS的にはまだまだマイナーなプラットフォームでありながら、集客が80人ほどであり、本番中に大きな事故も発生せず、満足度が高いまま文化祭が終わったことがハッシュタグ(#マストドン文化祭)から伺えたため です。また、僕の感覚としては今回のハコの選択は正しかったと思っているのと、Youtube Liveで発信できたのは素晴らしいと感じました。 (生放送アーカイブ)

ハッシュタグ見ていると、ハコの選択が適切でないという意見もありますが、僕は適切だったと思います。理由は、

  • ライブハウスがB2FとB1Fに分かれており、ステージ登壇がB2Fに、コーヒー以外の物販がB1Fにと役割が分担できた。
  • B2Fに80人が集まったとするとかなり窮屈になっていたと思うがB1Fからの鑑賞も可能で、お客さんも分散できた。
  • 当然ながら音周りはよく、ステージからの音は満足に届けることができたと思われる。

といった点です。

ただ、かかったお金について1回目からオーバースペックだったのではという声は僕にも同意するところがあり、そこは第2回の課題でしょう。廃校を借りるとかいうのはとても面白い案だと思いまする。

手探り準備段階

マストドン文化祭がどう言ったものなのかが不透明である状況が長く続き、重要な情報公開がかなり遅れました。

これは、実行委員の人数不足と仕事の振り分けがうまくいってなかったのではないかと思います。文化祭実行委員がどれほど意見交換をしていたかについてはステージ登壇者側からは見えておりませんが、開催前からのバタバタっぷりを見ていると、意見のfixが捌ききれなかったと思います。ただし、こればかりは第1回というところでノウハウがほぼゼロというところがあるので次回はよくなるでしょう。

また、文化祭という名目で人を集めちゃったせいで対応が多岐にわたり、対応時間が膨れ上がったと思われます。風呂敷広げすぎるとつらいというよくあるやつです。風呂敷を広げるラインを過去繰り広げられた幾多のイベントから吸収してみては。僕の感覚だと 今回の募集は定禅寺ジャズフェスティバルをライブハウスにぶち込みましたといった感じ があります。

ステージ登壇側としては、 タイムテーブル公開が開催日時に近くして公開される という事態はかなりマイナス点でした。当日のスケジュール感が早いうちにつかめず、さらに僕のことを見てくださる方に時間を早く伝えられないというのはかなり痛手です。一部だけ見て帰るようなお客さんも立派にお客さんですし、13時から22時までやるようなイベントにまるまる居続けるお客さんのほうがよっぽど珍しいです。特に今回の文化祭ではステージ上で行うことがかなり散乱しており、というか ライブハウス借りてるのに音楽を発表するのが僕しかいなかったり して、そんな中、登壇のタイムテーブルが本番1週間前までわからないってのは、かなりつらいです。強く改善を求めますね、ここは。

…客層がどう考えても”限界集落”mstdn.jpの民が多いことによりマストドン外の知り合い誰も呼べへんかったんですけどね。オフパコ連呼の民が集まる見込みの高いところに僕の知り合いよべるわけないやん…

みずの氏脱退騒動について

この章だけは半ギレ、いや全ギレで書く。 お前だけは許さんからな。いや、飛ばしたウンコ拭いたら許すわ。

この節におけるまとめを先に言っておくと、 「メンがヘラっている民に重要なポジションを任せてはならない。」 つまるところ、これは実行委員のやらかしたことになるかなと。尽力してるのはよく理解しているのだけど、ここは本当にキツイ人選ミスをしてしまったなと思う。これもまた次回への糧として、苦い顔しながらも記事にしたためたい。

不穏の内容について

まず何があったか説明する。先のまとめトゥートにおける「準備段階で不穏が発生した」というのは、mstdn.jpインスタンスのみもりんかさんの以下4トゥートにまとめられている。

僕のほうでざっくりまとめると、「会場ブッキングすらままならなかったみずの氏に対し(※これに関する記述が間違っておりました)、みもりんか氏が報酬を出してまでアクセルをかけに行き、みずの氏は奮闘したもののガス欠してスリップし巻き込み事故を起こし、最後にはみずの氏が有害ガスをまき散らして退散した」 ということになる。恣意を多分に含んでいるかもしれないが、僕にはこうにしか見えない。


ご指摘と訂正(2018/05/11)

文化祭実行委員の三十路さんよりご指摘いただきました。ありがとうございます。

ブログの文中にある「会場ブッキングすらままならなかったみずの氏」というところですが、もともとみずのさんはブッキング担当ではありませんでした。もとはフードで出すパスタや配信、会場音楽の話などをしていました。会場については文化祭実行委員の中の一部メンバーが選定を進めていましたが、なかなか決まらずにいました。その状況を憂慮したみもりんかさんが、みずのさんに会場のブッキングを含めて仕事の依頼をしたそうです。ですので会場の選定がままならなかったのはその実行委員の問題です。ここはみずのさんのせいではないです。

ということですので、「ブッキングすらままならぬ」という部分がみずの氏の責任になってしまっていた部分は修正いたしました。申し訳ございません。会場ブッキングですらままならなかったのは実行委員であり、みずの氏に職域を広げてもらううえで報酬を積んで対応した、という成り行きだそうです。

(ご指摘と訂正ここまで。記事編集のdiffはgit commitを見てください)


ただし、これは残念ながら文化祭実行委員のキャスティングに不備があったと言わざるを得ない。なぜか。先ほど言った通り、 「メンがヘラっている民に重要なポジションを任せてはならない。」

みずの氏は特に大規模イベントを請け負っていないような状態ですら病みトゥートを連発しており、おそらく彼をフォローしている人にとっては「あっ、これはメンがヘラってるマンだな」と察するのは簡単だったと思われる。最近mstdn.jpにまたアカウント生やしたので(mstdn.jpに長くいる民によると、どうも4, 5回ほど消しては作りをしているらしい。この点からも察せるだろう)、チェックしてみるとよい。

このような人を重要ポジションにおいてしまうのは、もう失敗を自分から呼び寄せているようなものだ。たとえその人が有用なノウハウを有しているとしても、コミュニケーションをとる段階でガス欠になるのだ。なぜか?すごく当たり前のことだ。常識中の常識だ。目に見えて病気がひどいと言える人間に、仕事を任せたら満足な結果が得られると思うか?

病に落ちている人間を貶めるだけじゃフェアじゃないので、ここからは 僕が実際にメンがヘラっていて前職をやめて休職してた時のことをざっくりと書く。 ちょっと文化祭からは外れるがお許しください。

2年前、国見さんはメンがヘラっていた。

深刻な状態だと気付いた時

きっかけは残業である。2年前、いや3年前だったか・・・? 国見さんはJavaを書いて暮らしていた。デザインパターンなど設計思想はわからなかったが、テストに対しては人一倍敏感であった。 目視による結合テストでしか品質を担保できないソフトウェアなんてクソだと思っていた。 しかし、ユニットテストを書くにはプロダクトクラスやメソッドがいちいちモンスターすぎたし、Spring Frameworkが変に絡み合い、デバッグですら立ち上げるのに8分かかる有様だった。こんなんではスモールステップな改善ができず、一発勝負的な修正になり、テスト駆動開発を夢見ていた僕としては毎日の修正作業が苦痛だった。劣悪な作業環境では進捗が悪く、残業はだいたい月40時間越えだった。下手したら80時間越え。そんなのが コンスタントに毎月続いていた。 たぶん残業が期間的に長く続いていたことがメンタルやらかした要因として強いと思う。

休職に入る3か月前からもう限界の兆候は来ていた。大学時代からやっていたビッグバンドの一般バンドに入っては2~3か月に1回、多い時は1か月に2回は、ライブにでていた。ただ、もうそれが無理になった。休日は寝て過ごしたいだけになった。土日にバンド活動をやることで、仕事を欠勤するような事態が出てしまったのだ。各位には気を付けていただきたいのだが、土日になにか趣味で活動して、疲れて会社を休みだすようなことが始まったら、もうすぐ赤信号になるところである。 ちなみに黄色信号の兆候としては、「平日に仕事をしたあと、休日は寝ていたいだけ、イベントに参加するのは億劫になっている」というものである。これについては、借金玉さんの書いているこのモーメントに詳しい。うつ病になって人生の1割以上を棒に振りたくないなら、各自読むように。

前職をやめる前、休職に入るきっかけは突然来たのだ。その日も4時間ほど残業し、つらい1日だった。その晩、当時、不眠症傾向のあった僕はなかなか寝られず、ふとこう思ったのだ。「あー、この睡眠薬を焼酎でクイッっといっちゃおうかな、そうすればすぐ寝られるだろう」 と。その瞬間を恐ろしく思った。僕はもともと自殺という考えが大嫌いな人間だが、そのときは何の前触れもなく自殺に導くロジックを組み立ててしまったのだ。なんと恐ろしいことか。 あまりにも慢性的な疲労、そしてストレスは、普段心に強く思っていることですらあっさりと捻じ曲げてしまうものなのだ。 これはこの章で強く言いたいことの一つである。

異常な思考をしているとすぐ気づいた僕は、翌日にはすぐ会社を休んでいきつけの心療内科に飛び込み、すぐ診断書をいただいて休職に入った。ここから、現在も続く長い戦いが始まった。

無職状態になっても好きなことは満足にできなかった

「メンがヘラっている民に重要なポジションを任せてはならない。」。大事なところである。メンがヘラる、つまりうつ病の類は、病に侵されている人から正常な思考プロセスを奪う。また、脳の力、と表現すればいいだろうか。思考力のスタミナがガタ落ちするのである。たとえ自分が心から好きなことであっても、ゲームであっても、音楽であっても、DIYなプログラミングであっても。1時間を通してやることができない。1時間通せたとしても、つかれて2時間は寝てしまう。寝て、食べて、薬飲んで、1時間程度は何かやって、寝て、食べて、薬飲んで、寝る。そんな生活だった。

さきほど紹介した借金玉さんもこう言っている。

繰り返すと、 うつ状態だと思考力が終わっている 。これはまさに僕が直面していたことで、2016年から2017年度末まで、僕はずっと苦しんでいた。もしかしたら今もそうかもしれないが、当時よりはずっと軽くなった。なぜなら、マストドン文化祭に自作音源を持ってきてそのうえで演奏するまではできるようになったのだ。

うつ状態というのは、いわば「自分なんて死んだほうがいい」に代表される自己を責めるようなマインドになりがちで、それがさらに病を深めるというキツイループがあるのだが、これは休職・投薬によりなんとか改善された。このループはセロトニンが足りてないから発生するというのはよく言われていることで、これについては投薬により何とかなる。しかし、思考力までは戻らなかった。あまり一般的な考えではないが「副腎疲労」というものから来ているのかとか、運動不足から来ているのかとか、様々な角度から解決策を考えなければならなかった。結果的には2018年度に入って何とかなったわけだが、結局「脳のスタミナが様々な解決策を経て戻った」と言っていいのかもしれない。

思考力は、ここまでしないと戻ってこないのだと僕はわからされた。

メンがヘラっている、それすなわち思考力を失っている

さて、自分語りはこの辺にして文化祭の話にそろそろ戻そう。

重要なポジションに置かされる人間にとって大事なものは「思考力」である。リードポジションに置かれる人間は実際にその人が手を動かして物事をfixすることよりも、下から流れてくる質問事項を捌くことが多いのではないかと思う。物事をfixさせるよりも、多くの人に物事をfixさせるよう動くことが多いのではないか、ということである。これは非常に「思考力」を要するものであるのは自明だろう。

では、その「思考力」を失っている人間を重要ポジションに置いたらどうなるだろうか? 答えは自明、「うまくいかない」のだ。メンがヘラる、つまりうつ病というのは、世の中の風潮ではウィルス性胃腸炎や椎間板ヘルニアより軽く見られている感じがあるが、それらと同様に病気であるし、しかも脳の機能を阻害してくるものだ。実際に罹患している人からも、うつ病は軽く見られがちだ。「ただその日は気分が落ち込んでいただけだから」と言い訳をして見て見ぬふりをしているとき、確実に脳機能は被害にあっているのである。

メンがヘラると割と自制が効かなくなってくるので、SNS中毒の人間はだんだんどうしようもなくヤバな発言が増えてくる。明らかに攻撃的な発言や、度を越して自虐的な発言、さらには自殺教唆まで。常識的な範疇を超えた感情的な発言をしていると思われる人は、もう「思考力」を失っている、つまりうつ病になっている可能性がどうしても上がる。

前にも語ったが、みずの氏はまさに度を越した自虐的発言を繰り返し行っていた。そんな状態のみずの氏を、ライブハウスとのやり取りやタイムテーブルの策定など重要なポジションに置いたのは、どうしても文化祭実行委員の失策というしかない。

病人を重要ポジションにおいてはならない。病人には休んでいただくことが急務である。 ちなみにこれは個人的に思うのだけども、メンがヘラっているときにSNS中毒になるのはもう自分からとどめを刺しに行っているようにしか見えない。頼むからSNSやめて太陽を1週間あびて寝るだけの生活をしてほしい。人に迷惑をかける前に。

みずの氏の脱退直前における卑劣な行為

そういうわけで、残念ながら人選ミスというわけなのであまりみずの氏に非を言いたくはないのだが、いくら彼が病み状態で働いていたとはいえ、彼の脱退前の発言は、ステージ演者として看過できない。

みずの氏脱退直前の発言

成功してほしいけど、、このイベントに関わってる全ての人に、やめとけ、降りろ、関わっても… ご自身を危険に晒すだけだよとしか言えない。降ろされてもなお綯交ぜだし、無念でしょうがない。

正気かよ。わたしが降ろされて誰もTT(タイムテーブル)組んで正常におしらせする能力すら残っていないのに、まだ平気な顔して来てってよく言えるな。わたしの責任のかぎりにおいて、マストドン文化祭にはいかないほうがいい。ハコに穴開くなら、そこは私が責任取る。

このほかにも、尽力して文化祭の進捗を進めている実行委員やステージ登壇者、ブース登壇者に血の混じったウンコを投げつけるようなトゥートを繰り返し、マストドン文化祭やjpインスタンスに暗い影を落とした。

この騒動を傍観していた僕としては、みずの氏が抜けたところで事はつつがなく進むものだろうと考えていた。 タイムテーブル策定をして関係者にお知らせすることなど、学生ですらできるものだ。 僕が所属していた、高校の吹奏楽部では顧問の協力のもと、幹部がタイムテーブル策定を頑張っていた。ついこの前の吹奏楽一般バンド(600人動員)では音楽家ではない社会人がタイムテーブルを作り上げていた。マストドン文化祭そのもののほうが作業量は明らかに重く、高等である。そのようなものに対して「誰もTT(タイムテーブル)組んで正常におしらせする能力すら残っていない」など、思い上がりが過ぎる。音楽教室を自分で開いて天狗になってしまったのか?

別に自分の実力を高く見積もるのは構わないが、「自分がいなくなったら仕事は回らなくなる」などというのは、もう一度言うが、思い上がりが過ぎる。いわばこれはうつ病にかかりやすい典型的な思考の一つだ。だれにも自分の代わりは任せられないと思い込み、自分からストレスを重くしていくのだ。いざ社会を見渡してほしいのだが、辞職なんて掃いて捨てるほど行われているし、それで実際に仕事が立ちいかなくなることはそれほど存在しない(ないわけではない)。やめた人間の代わりなど、時代が進んでいくように、誰かが担当していくのだ。そして、その仕事の内容など、前述したとおりブッキングやタイムテーブルなどそれなりに考える脳みそを持った人間であればだれでも組めるのだ。

一番許せないのは、マストドン文化祭をある種「命を落とすかもしれないもの」と言ったネガティブキャンペーンを行ったことだ。 何度も言うが、僕はみずの氏が抜けたところで事はつつがなく進むと思っていたし、文化祭実行委員が詐欺を働いたりだとか淫行を行ったりだとかするような方々ではないことを十分に理解していた。そのような方々に対して、血便を投げつけ、幾多もの尽力を無に帰すようなネガティブキャンペーンをし、お客さんとなるマストドン登録ユーザーの皆さんの前であまりにもひどい振舞いをした。これが憤らずにいられるものだろうか。

僕としては、この文化祭にかなりの期待をしていた。そしてこれからも期待している。開催概要からしてみれば「Fediverseなイベント」であり、これの第1回に携われるのはとても光栄なことだと思っていたし、ぜひ成功させたいと思っていた。そして、至らぬところはあれども前進している進捗を見るに十分成功は可能であると思っていたが、それを妨げるような、あまりにもひどいネガティブキャンペーンは登壇者としてはかなりキレていた。僕をより知っていたnere9インスタンスで知り合っていた方々や、リアルですでにつながっている知り合いをますます呼びづらくなってしまった。 自分が身を砕いて構築した芸術を、元実行委員の手により邪魔をされることなど一番の屈辱だ。

このような事態にあっても文化祭Discordチャンネルでは慎重に協議が進められ(しかも雑談チャンネルで行われた)、その流れからも実行委員が誠実であるというのはますます補強された。 残りかすまですべてをさらけだして個人糾弾という選択をすることも致し方のない状態であったのにも関わらずそれを選択せず、あくまでユーザーイベントの邁進をアピールすることを選択した実行委員には拍手しかできない。 登壇者の身としてはさらに信頼が深まったため、その点ではみずの氏に感謝してよいのかもしれない。しねーよタコ。せいぜい薬飲んで太陽浴びてSNSから離れてねんねして、体調をよくして人に迷惑をかけるのを極小化することだ。

開催概要と実態の乖離

さて、不穏な話が終わったところで、この記事はまだまだ続きます。マストドン文化祭を銘打っておきながら、実態はmstdn.jpの文化祭だったのではないか、という指摘について。

「JPの文化祭であった」という意見を多く見た

これはマストドン文化祭の出自が関係しており、関係者によれば「もともとはjpの文化祭として行われる予定だった」とのことです。僕はその点については知らず、文化祭が終わってから知りました。そう考えると、文化祭実行委員がjpに偏るのは納得いきます。また、大規模インスタンスのなかでは唯一こうした「集まる機会」というのがありません。pawooにはコミケなど即売会の機会があり、ニコフレには超会議があります。jpは純粋にマストドンとして出自があるため、そういったイベントがなく、より効果的に集客することが可能だったのかもしれません。

「Fediverse文化祭」が本来の目指すところであったのではないか

ただ、イベントタイトルが「マストドン文化祭」であり、開催概要には

表現する人を全力でバックアップします / マストドンが好き、という人が集まれる場を作ります

という記述があり、どう読んでもjpの文化祭ではないわけです。そうするとちょっと話が変わってきます。出展者は様々なインスタンスから集まったのですが、お客さんはjpの民が7割以上を占めていました。違うんですよ。出展者もFediverseなら、お客さんもFediverseになってほしいなと登壇者としては思うわけです。

じゃあ宣伝をもっと様々なインスタンスに垢生やして行っていくのか、というのは違いまして。話はさらにでかくなってしまうわけですが LTL中心な文化を排す必要がある わけです。もちろん、LTLを話題の中心とした文化を持つインスタンスを否定するわけではありません。しかし、LTL中心ということはそのインスタンスで話題が完結し、Fediverseへスケールアウトできないのです。個人がマストドンをやるうえでLTL中心だFTL中心だHTL中心だそもそもTwitterと兼用だなどなどいろいろあるがゆえに各位好きにやれっちゅうわけですが、では、マストドン文化祭実行委員がFediverseなイベントをやりたいならどう動かなければいけないのか? これを考える必要があります。今回と同じようなやり方で行くならば実態はjp文化祭にまたなるでしょう。

第2回において最も重要だと思うのは、「今回と同様にFediverseな文化祭というお題目でいくのか?それとも、インスタンスを絞って開催する、jp文化祭とか大規模インスタンス文化祭というお題目でいくか?」 だと思います。

Fediverseな文化祭にするならば、もうすでに準備を始めなくてはいけないでしょう。そして、LTL中心の文化を捨ててFediverseへ旅立たなければいけません。これには、告知アカウントをおひとり様インスタンスへ作ったりだとか、タグTLの活用などがぱっと思いつく手段です。ここについてはどうにも妙案が思い浮かばないので、マストドンいじりつつ各位が考えていく事案でしょう。

逆に、LTL中心な大規模インスタンス(jp、ニコフレ、pawoo(?) )に対してアプローチするなら今回のようなノリで十分通用するのではないでしょうか。回数を重ねるにおいて、いったんは大規模インスタンス向けにアプローチをかけ、徐々に慣らし運転をしつつ文化祭を大きくしていくというのは賢い選択だと思います。とにかく、 大事なのは持続することです。

運営や、協力してくれた皆様に多大なる感謝を

さんざんいろいろなことを言いたい放題してきましたが、今回この文化祭運営に携わった方々それぞれが尽力した結果大成功したわけで、最後まで協力してくださった方々に多大なる感謝を送ります。文化祭実行委員の方々は最後の最後まで気を張り巡らせていたと思いますし、sasachi夫妻には文化祭のすべてにおいて様々なコミュニケーションをとっていただき、ちょこちょこ「ん?」というところはありながらも結果的に成功に導いていただけたこと、ありがとうございました。本番2日間においては、サントンさんのGreatなMCのお陰で変な空き時間が生まれず、本番成功のMVPではないかと思います。もちろん当日裏方に回って尽力していただいた方も、今回の成功のカギでございます。各位、本当にありがとうございました。第2回、第3回でまたお会いできればと思います。

おまけ:僕の演奏するに至るまでについて

僕の演奏に至るまで、というようなものを雑にまとめておきましょう。特にYUBIKIRI-GENMANがプログラムに入った話をしておきたい。

3月下旬に参加決定をしたわけですが、そのときは持ち時間15分程度でやるみたいな告知があったわけです。なのでほんと軽い気持ちで「あー、M3で作った曲ひとつとマストドン文化祭のためのオリジナル曲の計2曲、持っていくかw」となってたのですが、気づけば持ち時間が倍以上に伸びました。やる曲も倍になりました。13~22時という開演時間なのに持ち時間15分想定は明らかにおかしいと気付くべきでした。それゆえに、本番では正直準備しきれなかったところがあり、申し訳なく思っております。

前述した不穏のあった後に本格的にプログラムを決めて、4月4日には大方のプログラムは出来上がりました。艦これビッグバンドジャズアレンジのなかに自然にYUBIKIRI-GENMANが挟まったのですが、プログラムに入った瞬間というのは仕事行く前にコンビニ寄った時にふと頭に降ってきたんですよ。これを奇跡と呼ぶのでしょうかね。知らんけど。

この曲には文化祭本番に至るまでに、精神の支えになってくれました。M3-2018春への準備が炎上しているときも助けてくれました。平沢進の「賢者のプロペラ-3」をエンドレスリピートしてたりもしてましたがね。

いやほんと、歌詞がめっちゃ感動するんですよ。本番MCでもしゃべりましたけど。(歌詞サイト

差し伸べた手にトゲが刺さる 誰にも触れられず野に咲く

とか、

僕らは夢を見る 大切な誰かと 小指を結んで 離さないように

とか、

僕らは一人で生きていけないと気付いたのはいつ

とか、

僕らは迷いながら 道筋を照らし出す 休んでもいいから 止まらないように

とか!!!!!!もうね、歌詞が今回の様々な出来事に照らし合わせて書かれたかのようなものなのです。(それほど有り触れているものかもしれませんが。)この曲を通して、第1回マストドン文化祭の思いはより深くなったと思います。こういった思い付きでいろいろできるところが、おひとり様でいろいろ準備できるときの喜びですね。

本番の出来については、先ほども言いましたが、準備不足でした。特にアドリブ。BPM190ってかなり早いんだなと思いました。コード自体はさほど難しくなかったはずなんですけれども、スムーズに演奏できたとは正直…。譜面作成もそうなんですが、僕自身のスキルアップもどんどんやっていかなきゃならないなと思います。

そんなこんなで、とにかくこちらとしては思い出深いイベントになりました。第2回、第3回ではより精度を上げて臨みたいものです。